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東京地方裁判所 昭和58年(合わ)271号 判決 1984年6月28日

被告人 堀内宗一郎 ほか二人

主文

被告人堀内宗一郎を懲役一年六月に、被告人中川輝彦を懲役一年六月に、被告人江島昭を懲役二年にそれぞれ処する。

この裁判確定の日から、被告人堀内宗一郎及び被告人中川輝彦に対し各四年間、被告人江島昭に対し五年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

被告人江島昭から金二〇〇万円を追徴する。

理由

第一被告人らの経歴、本件の背景事情等

一  被告人らの経歴

1  被告人堀内宗一郎(以下「被告人堀内」という。)は、立教理科専門学校工業化学科を卒業後、帝人株式会社に入社し、レーヨンの製造及び技術管理等に従事した後、岩国工場副長、名古屋工場長を経て昭和四九年一二月、同社が第三製薬株式会社(以下「第三製薬」という。なお、同社は後述するとおり昭和五三年七月帝三製薬株式会社に商号を変更している。)を買収したのを機に第三製薬の代表取締役副社長として出向し、昭和五二年一二月代表取締役社長に就任した。

2  被告人中川輝彦(以下「被告人中川」という。)は、早稲田大学専門部商科、明治薬科専門学校を各卒業し、武田薬品工業株式会社等に勤めた後、昭和二一年厚生省に入省し、薬務局細菌製剤課検定係長、島根県厚生部薬務課長、防衛庁出向等を経て昭和三八年六月に退官し、同年七月に森下製薬株式会社学術部長となり、その後昭和四五年一二月第三製薬に入り学術部長を勤め、更に昭和五三年七月取締役に就任、昭和五五年六月これらを辞任、して常任顧問となつた。

3  被告人江島昭(以下「被告人江島」という。)は、東京大学医学部薬学科卒業後、国立衛生試験所に研究生として入所し、厚生技官、医薬品部医薬品第一試験室長、薬品部薬品第一室長等を経て昭和五一年四月薬品部長に昇任し、そのかたわら昭和五二年一一月以降、中央薬事審議会正委員に併任され、日本薬局方部会委員、同調査会調査委員、医薬品特別部会委員、新医薬品第一調査会調査員等に指名されていた。

二  関係会社、機関等

1  帝三製薬株式会社

帝三製薬株式会社(以下「帝三製薬」という。)は帝人株式会社が昭和四九年一二月に第三製薬を買収し、昭和五三年七月に商号を帝三製薬と変更した資本金一億一〇〇〇万円の医薬品製造販売等を目的とする株式会社で、東京都中央区日本橋本町二丁目九番地に本社を設け、立川と浦和に工場がある。

2  国立衛生試験所

国立衛生試験所(以下「国立衛試」という。)は、厚生省の付属機関で、国家検定を要する医薬品及び食品等、並びに国内消費用医薬品(生物学的製剤並びに抗菌性物質及びその製剤を除く)、食品、医療用具等の試験、検査等をつかさどつており、その薬品部においては医薬品、医薬部外品、毒物、劇物、麻薬等の試験、検査及び試験的製造並びにこれらに必要な研究に関することをつかさどつている。

3  中央薬事審議会

中央薬事審議会(以下「中薬審」という。)は、厚生大臣の諮問に応じ、薬事に関する重要事項を調査、審議する機関であつて、厚生省の附属機関として薬事法三条により設置されていて、中薬審の委員及び臨時委員は、中薬審令二条により厚生大臣が任名する非常勤の公務員であり、これら委員の所属部会は厚生大臣が指名し(同七条)、又、委員は部会長の指名により調査会の調査員となる(中薬審規程二条、以下「調査会委員」という。)。

三  医薬品製造承認申請手続、資料の秘密性等

1  申請手続と資料等

医薬品の製造(輸入を含む。以下同様)は、厚生大臣に申請して、その承認を受けなければならないこととされており、その承認は、申請にかかる医薬品の成分、分量、用法、用量、効能、効果、性能、副作用等を審理して行われ、当該医薬品がその申請に係る効能、効果又は性能を有し、効能、効果又は性能に比して著しく有害な作用を有せず、医薬品としての使用価値がある場合に承認が与えられる。そのため、医薬品の製造を申請する者は、右の審査に資する資料として、当該医薬品が新薬である場合は、概ね当該医薬品の

(一) 起源又は発見の経緯及び外国における使用状況等に関する資料

(二) 物理的化学的性質並びに規格及び試験方法等に関する資料

(三) 安定性に関する資料

(四) 毒性、催奇形性等に関する資料

(五) 薬理作用に関する資料

(六) 吸収、分布、代謝、排泄に関する資料

(七) 臨床試験の試験成績に関する資料

を申請書に添付することが義務付けられている。

新剤型医薬品の製造承認申請の場合は、右(一)、(二)、(三)、(六)及び(七)に関する資料を、いわゆるゾロ品の製造承認申請の場合は(二)に関する資料のほか安定性に関する資料としての加速試験及び吸収、排泄等に関する資料として生物学的同等性に関する資料を申請書に添付することが義務付けられている。

2  申請手続の概要

(一) 医薬品の製造承認申請は都道府県知事を経由して厚生大臣あてに承認申請書を提出してなされ、知事からの送付を受けて厚生省薬務局の審査課又は生物製剤課が審査を担当し、この審査課等において申請者に連絡して前示申請資料の提出を求め、準備のうえ、厚生大臣名で中薬審会長に諮問される。これを受けて中薬審では、調査会、特別部会、常任部会の順に調査審議が行われ、常任部会の決議を経て諮問に対する答申がなされる。

なお、ゾロ品については、審査課等において、以前厚生大臣が承認している医薬品と同等であるか否かを審査し、場合により国立衛試に当該ゾロ品の製造承認申請資料を送付したうえ、これが既存の医薬品との生物学的同等性の有無等の検討とこれについての意見を求め、同等であれば中薬審への諮問を経ないで厚生大臣の承認を与えており、また、厚生大臣が既に製造承認を与えた事項の一部を変更するための承認申請(医薬品製造承認事項の一部変更承認申請)についても、その変更部分が既に承認を受けている医薬品と有効成分、分量、用法、用量、効能、効果に変更がない場合は、中薬審への諮問を要する申請ではなく、審査課における審査のみで厚生大臣の承認を与えているが、輸液を収納する新しい容器については、その規格や安全性等について国立衛試の検討と意見を求めている。

(二) 中薬審は、厚生大臣から諮問を受けると、調査会における調査審議が開始されるが、調査会委員には、当該品目の医薬品についての調査審議が開かれる約二週間前に審査課等から当該医薬品の製造承認申請者が提出した資料一式が配付される。

調査会における調査審議が終了すると、その事務を担当する厚生省の所管課は、同課作成にかかる調査会の指摘事項等を記載した調査会審議経過の資料、調査会が作成する調査報告書及び申請者提出にかかる資料概要書を当該調査会の属する特別部会の委員に配付している。

3  承認申請資料等の秘密性

(一) 厚生省は、薬務局長通知により、「医薬品の製造承認申請書に添付すべき資料のうち主要な部分は、原則として日本国内の専門の学会において発表され、又は学会誌若しくはこれに準ずる雑誌に掲載され、若しくは掲載されることが明らかなものでなければならない。」とし、その主要部分は、臨床試験、動物実験における毒性試験、薬理作用試験及び化学構造を証明する試験などに関するデーターであつて、これらの試験の正確性と信用性を担保させるためその公表方の行政指導を行つているものの、製剤技術、その安定化を図るための技術等は、企業秘密に属するものとして、申請者側では公表しておらず、また公表方の行政指導のある毒性試験についても急性毒性試験については大部分公表しているが、その他の毒性試験については公表していないところから、製造承認申請資料には、申請者において企業秘密とする資料が少なからず含まれている。

(二) そこで、厚生省においても、製造承認申請資料が、申請者において企業秘密として公表しない資料を多く含んでいるという性格や、元来これらの資料全体が中薬審における調査、審議を受けるための資料、厚生大臣の承認を受けるための資料としてのみの目的で提出されたものであることなどから、この申請資料及び中薬審の調査、審議の過程で付加される審議経過の資料、調査会報告書を含め、全体として、実質上秘文書として取り扱つている。また、その秘文書としての取扱いを徹底させるため、中薬審では調査会や部会の席上、委員に対し、配付資料には企業秘密にわたるものが少なくないなどの理由を示して資料の処分については責任を持ち、不要の場合には焼却するか厚生省に返却するよう繰り返し伝えて委員の注意を促し、委員への周知徹底方を図つていた。

四  帝三製薬における新医薬品の開発計画等

1  帝三製薬は、大手製薬会社いわゆる先発メーカーが厚生大臣から製造の承認を受けた新医薬品の再審査期間(昭和五四年一〇月薬事法の改正により六年間、改正前は四年間。これを先発権と称している。)が切れるのを待つて、厚生大臣からこれと同一医薬品の製造承認を受けて製造販売するいわゆるゾロメーカーであつたことから、そのゾロ品の開発にあたり、伊藤述弘開発企画部長(以下「伊藤部長」という。)らにおいて、情報屋等から先発メーカーの厚生大臣に対する製造承認申請資料等のコピーを購入し、それを参考にゾロ品を開発するなどして、製造販売をしていた。

2  しかし、薬事法の改正等により、ゾロ品だけでは会社の将来の利益、発展が望めなくなつたことや、帝三製薬で製造販売するゾロ品のうち、抗生物質アモキシリンや消化酵素アピターゼの売行きが好調で同社の経営基盤が整つてきたこともあつて、ゾロメーカーからの脱皮を企図し、昭和五四年四月ころからC―AMOX等の開発をはじめとして、PGE1の包接化合物、ニフエジピンの徐放化によるL―モデラート計画などを次々と打ち出し、その開発に着手していて、これらの医薬品に関する他社の製造承認申請資料等を入手して、これを参考にし、検討を加える必要性が生じていた。

第二贈収賄関係

一  被告人江島の職務権限等

1  職務権限

(一) 被告人江島は、国立衛試の薬品部長として、同部の室長及び主任研究官を指揮監督して同部の事務を掌理する職務を有し、厚生省薬務局審査課等から、その職務に関し、製薬会社が厚生大臣に製造承認申請した医薬品の規格及び毒性についての検査、研究等を求められた事項について、その試験・検査等を行つたうえ、審査課等に回答する職務も行つていた。

(二) また、被告人江島は中薬審委員として、新医薬品の製造承認その他医薬品に関する重要事項を審議する医薬品特別部会の委員、同部会の調査審議事項のうち新医薬品の調査、審議を行う新医薬品第一調査会(昭和五六年一一月に同調査会がグループ分けされて以降は、主として抗生物質、消化器官用薬、外皮用薬、感覚器官用薬、ホルモン剤等を担当する第一グループに所属している。)の委員に指名されており、調査会委員として同調査会の調査、審議に参加して意見を述べ、必要な資料の提供を受け、また右部会委員として同部会の調査、審議に参加して意見を述べ、議決に参加し、必要な資料の提供を受けていた。

2  資料の入手状況

(一) 小野薬品工業株式会社の「プロスタンデイン」等の申請資料

小野薬品工業株式会社(以下「小野薬品」という。)の「プロスタンデイン」、「注射用プロスタンデイン」(開発費用約四億円)の製造承認申請についての中薬審の調査、審議は、新医薬品第一調査会、医薬品特別部会で行われ、被告人江島は、右調査会及び部会に出席しており、調査会委員として昭和五三年七月ころ、部会委員として昭和五四年六月ころ右申請資料の各配付を受けていた。

(二) 吉富製薬株式会社の「ニフエジピンアダラート」の申請資料

吉富製薬株式会社(以下「吉富製薬」という。)の「ニフエジピンアダラート」(開発費用約九〇〇〇万円)の輸入承認申請についての中薬審の調査、審議は新医薬品第一調査会、医薬品特別部会で行われ、被告人江島は、右調査会の調査審議に出席し、調査会委員として昭和四九年一二月ころ右申請資料の配付を受けていた。

(三) テルモ株式会社の「ハイカリツク液一号」等の製造承認申請資料

テルモ株式会社(以下「テルモ」という。)の「ハイカリツク液一号」、「ハイカリツク液二号」の医薬品製造承認事項の一部変更承認申請は、輸液を収納する容器を追加変更するもので、昭和五七年四月ころ、被告人江島は、国立衛試薬品部長として厚生省薬務局審査課からエチレン酢酸ビニル共重合樹脂製容器の規格や安全性等についての検討と意見を求められ、テルモが企業秘密としている右容器の製造方法や規格及び試験に関する資料等(開発期間五年、開発費用約一六億八〇〇〇万円)が含まれた資料七冊の交付を受けて保管していた。

(四) 扶桑薬品工業株式会社の輸液「ソービタ」の申請資料

扶桑薬品工業株式会社(以下「扶桑薬品」という。)の輸液「ソービタ」(開発費用約六億円)の製造承認申請についての中薬審の調査、審議は、配合剤調査会、医薬品特別部会で行われたが、被告人江島は、同部会に出席し、同部会委員として昭和五八年二月ころ右申請資料の配付を受けていた。

(五) 東レ株式会社の「デイノプロンEM」及び科研化学株式会社(現「科研製薬株式会社」)の「プロスタグランジンE2錠科研」の申請資料

東レ株式会社(以下「東レ」という。)及び科研化学株式会社(以下「科研」という。)が共同開発(開発費用は東レ約三億九〇〇〇万円、科研約三億円)した東レの「デイノプロンEM」及び科研の「プロスタグランジンE2錠科研」の製造承認申請についての中薬審の調査、審議は、新医薬品第一調査会第一グループ、医薬品特別部会で行われ、被告人江島は、右調査会及び部会に出席し、同調査会委員として昭和五六年七月ころ、同部会委員として昭和五八年六月ころ右申請資料の各配付を受けていた。

(六) 株式会社大塚製薬工場の「アミノレバン」の申請資料

株式会社大塚製薬工場(以下「大塚製薬」という。)の「アミノレバン」(開発期間約七年、開発費用約一〇億円)の製造承認申請についての中薬審の調査、審議は、配合剤調査会、医薬品特別部会で行われ、被告人江島は、同部会に出席し、同部会委員として昭和五八年六月ころ右申請資料の配付を受けていた。

(七) エーザイ株式会社の「エラスターゼES」等の申請資料

エーザイ株式会社(以下「エーザイ」という。)の「エラスターゼES」及び「エラスチームカプセル」(開発期間約一〇年、開発費用約一二億円)の製造承認についての中薬審の調査、審議は、新医薬品第一調査会、医薬品特別部会で行われ、被告人江島は、右調査会の調査、審議に出席し、同調査会委員として昭和四九年一一月ころ右申請資料の配付を受けていた。

3  守秘義務

被告人江島は、国立衛試薬品部長又は中薬審委員等として職務上配付を受けた右申請資料及び中薬審で追加配付を受ける資料等については、公務員としての守秘義務を有していた。

二  共謀に至る経緯等

1  昭和五七年六月二五日から昭和五八年六月二五日までの贈収賄

(一) 帝三製薬においては、ニフエジピンの徐放化の方法に行きづまり、これを打開するため先発メーカーのニフエジピンの製造承認申請資料かその徐放化製剤のサンプルの入手を必要としていたうえ、PGE1開発に利用し得る小野薬品の「プロスタンデイン」の製造承認申請資料等を入手すべく努力していた。

そのような折、被告人中川は、昭和五七年五月ころ、国立衛試の近くで被告人江島と偶然に再会し言葉を交わした。被告人江島は、昭和四五、六年ころ、当時第三製薬の社長であつた武井厚の依頼により、一年間にわたり同社の技術顧問として月五〇〇〇円の謝礼を受け取り、製薬技術上の指導、助言をしていたが、そのころ同社の学術部長であつた被告人中川は武井社長から被告人江島を紹介されたこともあつて、互に顔見しりであつた。

(二) 被告人中川は、被告人江島が中薬審委員をしていることを知つていたので、同被告人に交渉してニフエジピンやプラスタグランジンの製造承認申請資料を入手しようと考え、昭和五七年五月下旬ころ、帝三製薬本社の社長室に赴き、被告人堀内に対し、情を打ち明けて相談を持ち掛け、被告人堀内も情を知りながら被告人中川に対し、右入手方を指示した。

次いで被告人中川は、C―AMOXの申請資料の下見その他帝三製薬で必要とする先発メーカーの申請資料等の提供を受けるなどの便宜を図つてもらい、その謝礼として顧問料名目で金員を支払うこととしたい旨提案したところ、被告人堀内もそれに賛同し、その金額につき合い、概ね月額一〇万円位、最初はこれより多額にすることにして、被告人中川において被告人江島と交渉することにした。

(三) 右協議に基づき被告人中川は、昭和五七年六月四日ころ国立衛試薬品部長室において被告人江島に対し、小野薬品のプロスタグランジン及び鐘紡等のニフエジピン関係の申請資料の提供方とC―AMOX製造承認申請に関する資料につき中薬審委員の立場からの下見ないし検討を依頼するとともに、今後同様の資料の提供方を依頼し、この不正行為に対する謝礼として顧問料名目で前示話し合いの金額を支払う旨を持ち掛け、被告人江島も長期にわたると発覚する危険も高いと考え、一年位に限定して承諾した。

(四) 被告人中川は、帝三製薬に帰社し、被告人堀内に被告人江島との交渉の結果を報告した後、被告人堀内及び被告人中川は協議のうえ、被告人江島に対し、毎月、帝三製薬の給料日である二五日に一〇万円ずつ、同被告人に仮名の銀行口座を開設してもらつたうえ、これに振込んで支払うことを決めた。

そこで、被告人中川は、昭和五七年六月一五日ころ、被告人江島の肩書自宅へ小野薬品の後記資料等を受け取りに出向いた際、被告人江島に対し右協議の結果を伝え、被告人江島もこれを了解し、同月一八日、三和銀行世田谷支店に赴いて「松本章明」名義の普通預金口座を開設し、被告人中川に電話で銀行名、口座番号等を教えた。同被告人は、これを被告人堀内に報告し、なお協議のうえ、同月の給料日である二五日に五〇万円、七月の給料日から毎月一〇万円を一年間振込むことにした。そこで被告人堀内は、同月二一日ころ、情を知らない帝三製薬総務部長島田立彦に対し、その振込み方を指示した。

2  昭和五八年七月一三日の贈収賄

(一) 被告人堀内は、昭和五八年六月末ころ、伊藤部長から東レのPGE2の資料につき入手の必要がある旨の申し出を受け、同人に被告人中川と相談させたことから、被告人中川が社長室に被告人堀内を訪ね東レのPGE2の資料を被告人江島から入手するよう進言した。そこで被告人堀内は、その実行方を指示した。

(二) これを受けて被告人中川は、昭和五八年七月四日ころ、国立衛試に被告人江島を訪ね、同被告人に右資料の提供方を依頼し、被告人江島もこの依頼を承諾した。

(三) 被告人中川は、同月一二日ころに国立衛試に被告人江島を訪ね、東レ及び科研の後記資料等を受け取り、別途一〇万円位の謝礼をする旨を告げ、被告人江島も暗にこれを了承した。

その翌一三日ころ帝三製薬本社において、被告人堀内及び同中川は、協議のうえ、右の謝礼として被告人江島に一〇万円を前同様振り込んで支払うことにした。

3  昭和五八年九月六日の贈収賄

(一) 被告人中川は、昭和五八年七月下旬ころ、被告人堀内に、被告人江島からアミノ酸の配合輸液の資料を入手することを提言し、被告人堀内も了承し、その実行方を指示した。

(二) そこで被告人中川は、同月二五日ころ、国立衛試の被告人江島に電話して右資料の提供方を依頼したところ、被告人江島もこれを承諾し、同年八月下旬ころ後記アミノレバンの資料を提供することを約束した。

(三) 更に、同年九月二日ころになつて、被告人中川は、被告人堀内に対し、被告人江島から右資料のほか帝三製薬で扱えるような資料の提供方を依頼する旨告げて国立衛試に赴き、被告人江島と会い、大塚製薬の後記資料等を受け取り、その際、エーザイのエラスターゼの申請資料の提供方を依頼し、被告人江島もこれを承諾した。

(四) 被告人中川は、同月五日ころ、被告人堀内に、大塚製薬の後記資料等の借用を報告した後、エーザイのエラスターゼの資料も依頼したので合わせて一〇万円支払うことを相談し、被告人堀内も承諾した。

(五) 翌六日ころ、被告人中川は、国立衛試で被告人江島からエーザイの後記資料等を受け取り、前同様の謝礼をする旨告げた。

(罪となるべき事実)

被告人堀内は、医薬品の製造販売業等を営む帝三製薬の代表取締役社長、同中川は、帝三製薬の顧問、同江島は、東京都世田谷区上用賀一丁目一八番一号所在国立衛試の薬品部長として医薬品の試験、検査等を行う職務を担当するとともに、中薬審委員及び同医薬品特別部会委員、並びに同特別部会新医薬品第一調査会委員として厚生大臣の諮問に応じ、薬事に関する重要事項、特に薬事法に定める日本薬局方に収められていない医薬品の製造承認その他医薬品に関する重要事項を調査、審議する職務を担当していたものであるが、

一  前示にもあるように、被告人堀内及び被告人中川は、共謀のうえ、

1  昭和五七年六月四日ころ、右国立衛試薬品部長室において、被告人江島に対し、同被告人が中薬審特別部会及び調査会において審議した前記職務上秘匿すべき文書である小野薬品の申請にかかる医薬品「プロスタンデイン」及び「注射用プロスタンデイン」の製造承認申請書類及び吉富製薬の申請にかかる医薬品「ニフエジピンアダラート」の輸入承認申請書類の提供方並びに引き続き同被告人が前記各職務上入手する同種書類を提供されたい旨請託し、同被告人から、別紙一覧表(一)(略)のとおり、同月一五日ころから同五八年三月三日ころまでの間前後四回にわたり、東京都世田谷区世田谷二丁目一一番三号同被告人の自宅ほか二個所において、右申請書類等四点の交付を受け、その謝礼等として、別紙一覧表(二)(略)のとおり、同五七年六月二五日から同五八年六月二五日までの間前後一五回にわたり、東京都中央区日本橋室町一丁目八番地株式会社千葉銀行日本橋支店ほか一〇行の支店からいずれも東京都世田谷区世田谷二丁目一番七号所在株式会社三和銀行世田谷支店の同被告人が管理する松本章明名義の普通預金口座に金額合計一八〇万円を振込送金してこれを供与し

2  昭和五八年七月四日ころ、前記国立衛試薬品部長室において、被告人江島に対し、同被告人が前記特別部会及び調査会において審議した前同様職務上秘匿すべき文書である東レの申請にかかる医薬品「デイノプロンEM」の製造承認申請書類等の提供方を請託し、同被告人から、同月一二日ころ、右薬品部長室において、右薬品「デイノプロンEM」及び科研の申請にかかる医薬品「プロスタグランジンE2錠科研」の各製造承認申請書類の交付を受け、その謝礼として、同月一三日、東京都中央区日本橋室町一丁目三番地所在株式会社埼玉銀行日本橋支店から前記松本章明名義の普通預金口座に金一〇万円を振込送金してこれを供与し

3  昭和五八年七月二五日ころ、前記国立衛試薬品部長室にいた被告人江島に対し、電話で、同被告人が前記特別部会において審議した前同様職務上秘匿すべき文書である大塚製薬の申請にかかる医薬品「アミノレバン」の製造承認申請書類の提供方を、更に、同年九月二日ころ、右薬品部長室で、同被告人に対し、同被告人が前記調査会において審議した前同様職務上秘匿すべき文書であるエーザイの申請にかかる医薬品「エラスターゼES」及び「エラスチームカプセル」の各製造承認申請書類の提供方を各請託し、同被告人から、同月二日ころ及び同月六日ころの二回にわたり、右薬品部長室において、右製造承認申請書類三点の交付を受け、その謝礼として、同月六日、前記埼玉銀行日本橋支店から前記松本章明名義の普通預金口座に金一〇万円を振込送金してこれを供与し

もつて被告人江島が職務上不正な行為をなしたことに関し贈賄し

二  被告人江島は、

1  前記一の1記載の各日時、場所において、被告人堀内及び被告人中川から同記載の請託を受け、同記載の製造承認申請書類等を提供して職務上不正の行為をなし、その謝礼等の趣旨で供与されるものであることを知りながら、同記載のとおり前記松本章明名義の普通預金口座に金額合計一八〇万円の振込送金を受けてこれを収受し

2  前記一の2記載の日時、場所において、被告人堀内及び被告人中川から同記載の請託を受け、同記載の製造承認申請書類を提供して職務上不正の行為をなし、その謝礼の趣旨で供与されるものであることを知りながら、同記載のとおり前記松本章明名義の普通預金口座に金一〇万円の振込送金を受けてこれを収受し

3  前記一の3記載の各日時、場所において、被告人堀内及び被告人中川から、同記載の請託を受け、同記載の製造承認申請書類を提供して職務上不正の行為をなし、その謝礼の趣旨で供与されるものであることを知りながら、同記載のとおり前記松本章明名義の普通預金口座に金一〇万円の振込送金を受けてこれを収受し

もつて自己が職務上不正の行為をなしたことに関し収賄したものである。

第三窃盗関係

一  本件フアイル窃取に至る経緯等

1  帝三製薬におけるホスホマイシンの開発計画

(一) 帝三製薬においては、C―AMOXの開発が予定より大幅に遅れたこともあつて、そのつなぎとしてゾロ品を開発することとし、昭和五八年三月ころ対象品目の選定を検討していたところ、伊藤部長が抗生物質のホスホマイシンが最適である旨提言したことから、被告人堀内もこれに賛成し、その開発を手がけることとなつた。

(二) 右ホスホマイシンは、昭和四四年ころ、アメリカのメルク社とスペインのセパ社が共同開発した抗生物質で、明治製菓株式会社(以下「明治製菓」という。)においては、昭和四五年にメルク社から開発の許諾と試料の提供を受けて各種試験を繰り返し、ようやく昭和五五年六月に厚生大臣の承認を得て製造販売に移つたもので、その開発費用は合計約八億八〇〇〇万円に達していた。

2  フアイルの保管状況等

(一) 明治製菓のホスホマイシンカルシウムに係る後記フアイルは、東京都品川区上大崎二丁目一〇番三五号所在国立予防衛生研究所(以下「予研」という。)の抗生物質部抗生物質製剤室の前任室長であつた山崎正郎が中薬審抗菌性物質製剤調査会委員として、同調査会における日抗基の一部改正のための調査、審議の資料として厚生省薬務局生物製剤課から配付を受けたもので、同人が昭和五五年四月に退官した際、後任室長であり、かつ、中薬審臨時委員で右調査会委員である高橋佐喜子に引き継いだものであり、高橋室長は、このフアイルを予研の抗生物質製剤室の自己使用の机のそばにある室長専用戸棚の中に入れて保管管理していた。

(二) 分離前の相被告人鈴木清(以下「鈴木」という。)は、昭和二五年四月から予研に勤務し、同二九年ころから引き続き前示抗生物質製剤室において抗生物質の検定事務に携わつている厚生技官である。

(三) 被告人中川は、昭和五〇年ころ鈴木と知り合い、右抗生物質製剤室に出入りするうち、同室長の机のそばの前示戸棚に抗生物質に関する製造承認申請関係の書類が保管されているのを知り、昭和五五年八月ころから被告人堀内の了解を得て鈴木から関係資料などを不正に入手し、一回に五万円の商品券を謝礼として同人に手渡していた。

二  被告人堀内、同中川及び鈴木の本件フアイル窃取の共謀等

1  昭和五八年四月ころ、被告人中川は、被告人堀内に対し、鈴木にホスホマイシンの資料の提供方を依頼することを提言し、被告人堀内も了承し、右資料を鈴木に依頼して入手することを指示した。

2  そこで被告人中川は、四月一九日ころ、予研に鈴木を訪ねてホスホマイシンの資料を依頼し、鈴木も、右依頼が、高橋室長保管の本件申請資料を同室長に無断で窃かに持ち出して貸与されたい趣旨であること、帝三製薬においては、右申請資料をコピーしたうえ、ゾロ品の開発に利用する意図であることを知りながら、これを承諾した。

3  鈴木は、同年五月中旬ころ、高橋室長の不在を見計らつて同室長の戸棚の中から後記フアイルを見つけ出したうえ、被告人中川に電話連絡してその受渡しを同月二三日ころの午前九時半ころと指定し、同日、鈴木は午前九時ころ出勤して、出勤前の高橋室長の戸棚の中から右フアイルを窃かに取り出して自己の机の上に置いておき、同九時半ころ、受取りに来た被告人中川に手渡した。被告人中川はこれを帝三製薬本社に持ち帰つてコピーを作成し、その日の午後四時前後ころ予研に赴いて、鈴木に右フアイルを返還し、その場で謝礼として五万円の商品券を手渡した。

(罪となるべき事実)

被告人堀内及び被告人中川の両名は、鈴木と前示のとおり相互又は順次共謀のうえ、昭和五八年五月二三日ころ、東京都品川区上大崎二丁目一〇番三五号所在予研抗生物質部抗生物質製剤室において、同室長高橋佐喜子の管理にかかる明治製菓がかつて厚生大臣に輸入承認を申請し、同大臣からの諮問を受けて中薬審が日本抗生物質医薬品基準の一部改正について審議した抗生物質「ホスホマイシンカルシウム」、「ホスホマイシンカルシウムカプセル」、「シロツプ用ホスホマイシンカルシウム」(開発費用合計約八億八〇〇〇万円)に関する薬理作用、動物実験、臨床試験等に関する資料及び製造承認申請書(写し)が編綴されたフアイル一冊を窃取したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

一  被告人堀内及び同中川(以下本項においては「被告人両名」という。)の弁護人は、判示窃盗罪の成立について疑問を呈し、概ね以下のように主張する。

1  刑法二三五条にいう「財物」とは、保護に価するものであつて、有体物のように物理的に管理可能なものであることを要するところ、判示フアイル(以下「本件フアイル」という。)に記載されている思想内容と、思想内容を事務的に保存しておくための媒体たる本件フアイル自体とは、一体不可分のものではなく、それぞれ別個のもので峻別すべきものであるから、媒体たるフアイル自体は、刑法二三五条にいう「財物」であるが、そこに記載されている思想内容は、同条にいう「財物」ではない。

そして、被告人両名及び鈴木が窃取しようとしたのは、本件フアイルに記載されている思想内容そのものであるから、それ自体は「財物」ではないので窃盗罪は成立しない。

2  残るフアイル自体は財物であるが、判例上窃盗罪の成立に必要とされる不法領得の意思は、最判昭和二六年七月一三日判決(最高裁刑集五巻八号一四三七頁)に判示されているところ、被告人両名及び鈴木ら、就中、実行行為者である被告人中川においては、本件行為の当時、フアイル自体については、これを予研から持ち出すに当たつて、その持出期間を短く限定するなどして、少なくとも、フアイルの本来的使用者には、使用上の不都合が生じないように配慮していたもので、右被告人らには、本件行為の当時に、権利者を排除しようという意思は全く無く、その行為は、いわゆる使用窃盗ということになつて窃盗罪が成立しないことになる。

3  窃盗罪が成立するためには、右のように権利者を排除する意思すなわち窃盗の意思の存在が必要なのであるが、被告人堀内は、本件行為の当時、本件フアイルの管理者が誰であり、管理状態がどのようなものであつたかということや、それが管理者に無断で予研から持ち出されたのか、それとも管理者承諾の下に予研から持ち出されたものかということを考えたことも認識したこともない。被告人堀内の検察官に対する供述調書は右の意思を自白した旨の記載になつているが、同調書中本件行為当時における意思に関する記述の多くは、身柄拘束中の理詰めによる意思の分析と構築作業の結果に過ぎないものであるから信用できず、被告人堀内には、権利者を排除する意思すなわち窃盗の意思がなかつたものである。

二  そこで判断するに、関係証拠によれば、被告人両名につき判示窃盗罪の成立は優に是認できる。

1  まず、情報ないし思想、観念等(以下「情報」という。)の化体(記載・入力等。以下同様)された用紙などの媒体(以下「媒体」という。)が刑法二三五条にいう財物に該当するか否かを判断するに当たつて、弁護人主張のように情報と媒体を分離して判定するのは相当でない。けだし、媒体を離れた情報は客観性、存続性に劣り、情報の内容が高度・複雑であればあるほど、その価値は減弱している。媒体に化体されていてこそ情報は、管理可能であり、本来の価値を有しているといつて過言ではない。情報の化体された媒体の財物性は、情報の切り離された媒体の素材だけについてではなく、情報と媒体が合体したものの全体について判断すべきであり、ただその財物としての価値は、主として媒体に化体された情報の価値に負うものということができる。そして、この価値は情報が権利者(正当に管理・利用できる者を含む。以下同様)において独占的・排他的に利用されることによつて維持されることが多い。また、権利者において複製を許諾することにより、一層の価値を生みだすことも可能である。情報の化体された媒体は、こうした価値も内蔵しているものといえる。以上のことは、判示窃盗にかかる本件フアイルについても同様であつて、本件フアイルは、判示医薬品に関する情報が媒体に化体され、これが編綴されたものとして、財物としての評価を受けるものといわなければならない。弁護人主張のような論拠で財物性を論ずることはできない。

2  次に、不法領得の意思の有無について検討する。まず、本件フアイルの財物としての価値は、前示のように情報が化体されているところにあるとともに、権利者以外の者の利用が排除されていることにより維持されているのであるから、複写という方法によりこの情報を他の媒体に転記・化体して、この媒体を手許に残すことは、原媒体ともいうべき本件フアイルそのものを窃かに権利者と共有し、ひいては自己の所有物とするのと同様の効果を挙げることができる。これは正に権利者でなければ許容されないことである。しかも、本件フアイルが権利者に返還されるとしても、同様のものが他に存在することにより、権利者の独占的・排他的利用は阻害され、本件フアイルの財物としての価値は大きく減耗するといわなければならない。

このような視点に立つて本件をみるに、所論引用の判例にもあるように、「窃盗罪の成立に必要な不法領得の意思とは、権利者を排除し、他人の財物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用又は処分する意思をいい、永久的にその物の経済的利益を保持する意思であることを必要としない」と解するのを相当とするところ、本件窃盗は、判示にもあるように、本件フアイルを複写して、これに化体された情報を自らのものとし、前示のような効果を狙う意図と目的のために持ち出したものであるから、これは正に被告人らにおいて、権利者を排除し、本件フアイルを自己の所有物と同様にその経済的用法に従い利用又は処分する意思であつたと認められるのが相当である。

そして、こうした意思で本件フアイルを持ち出すことは、たとえ複写後すみやかに返還し、その間の権利者の利用を妨げない意思であり、かつ物理的損耗を何ら伴わないものであつても、なお被告人両名及び鈴木らに不法領得の意思があつたものと認めざるを得ない。

3  なお、被告人堀内の窃盗の意思の有無について検討するに、弁護人の主張は、不法領得の意思とは別に、窃盗の故意の存在を否定すると思われるところ、同被告人は、検察官に対し、鈴木が予研の技官であつて、同人が本件フアイルを入手できる地位にいないこと、提供を受けた本件フアイル等について謝礼等を支払つていることを了解していることなど、鈴木から本件フアイルの提供を受けるに至つた事情につき供述しているところ、こうした供述は被告人中川の検察官に対する供述とも照応するものであつて、その信用性に疑いを入れる余地はなく、その他関係証拠を総合すると、被告人堀内には、鈴木が他人の占有下にある本件フアイルを不正に持ち出していることにつき、少なくとも、未必の故意程度の認識はあつたものと認めるのが相当である。

4  以上の次第であるから、弁護人の主張はいずれも採用できない。

(法令の適用)

被告人堀内及び同中川の判示第二贈収賄関係の「罪となるべき事実」一の1の各所為は包括して刑法六〇条、一九八条、一九七条ノ三第一項、第二項、一九七条一項後段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、同2及び3の各所為はいずれも刑法六〇条、一九八条、一九七条ノ三第二項、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第三窃盗関係の「罪となるべき事実」の所為は刑法六〇条、二三五条にそれぞれ該当するところ、判示第二の「罪となるべき事実」一の1ないし3の各罪につきいずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第三の窃盗の罪の刑に法定の加重をし、その各刑期の範囲内で被告人堀内及び同中川をいずれも懲役一年六月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から各四年間それぞれその刑の執行を猶予することとする。

被告人江島の判示第二贈収賄関係の「罪となるべき事実」二の1の各所為は包括して刑法一九七条ノ三第一項、第二項、一九七条一項後段に、同2及び3の各所為はいずれも同法一九七条ノ三第二項にそれぞれ該当するところ、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の二の1の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、その刑期の範囲内で同被告人を懲役二年に処し、情状による同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から五年間右刑の執行を猶予し、判示第二の二の1ないし3の各犯行により被告人江島が収受した合計二〇〇万円の賄賂は同法一九七条ノ五前段により没収すべきであるが、これを費消して没収することができないので、同条後段によりその価額合計二〇〇万円を同被告人から追徴することとする。

(量刑の事情)

本件は、後発製薬メーカーの幹部が、中薬審や国立衛試で使用された新薬製造承認申請書類等の情報を不正に入手しようとしたことから、国立衛試を舞台とする贈収賄事件及び予研を舞台とする窃盗事件に発展した案件であつて、すなわち、国立衛試薬品部長であるとともに、中薬審の委員であつた被告人江島と、製薬会社の幹部であつた被告人堀内及び同中川とが結託し、被告人江島において特定企業の利益のために、自己が職務上入手して保管していた他社の医薬品製造承認申請資料等を横流しし、被告人堀内及び被告人中川において、その不正行為の謝礼に現金合計二〇〇万円を賄賂として供与し、更に、被告人堀内及び同中川は、予研技官の鈴木に働きかけて、予研抗生物質製剤室室長の管理していた右同様の資料等を窃取したというものである。

そもそも、中薬審は、医薬品の製造承認等の重要事項を調査・審議する国の最高の機関で、「薬の裁判所」ともいわれている。国立衛試は、わが国最古の国立試験研究機関で「医薬品の試験・検査の元締め」ともいわれ、同時にその少なからぬ所員を中薬審委員に送り込んでいる。また、予研も抗生物質等につき同様のことを業務の一つとして、中薬審に委員を送り出している。加えて、医薬品は、一面において国民の健康や支出に深くかかわるものであるから、安全性や有効性の判定については、公正かつ厳格な審査が要求される。こうした事情に鑑みても、本件各犯行は、これら諸機関ひいては国の薬事行政に対する国民の信頼と期待を裏切るものであり、その与えた衝撃は大きいものがあつたといえる。

もつとも、製薬業界で展開されている情報収集競争は甚だ激烈である。他方、国立衛試では、研究活動が予算上の制約を越えていて、その費用を管理職の才覚で調達したり、旅費等を業者団体が負担することもあつた。また、中薬審の審議資料等について厚生省の事後管理に徹底を欠いた面のあることも否定できない。こうした事情が相乗して、情報の横流しその他業界と関係公務員との癒着を生む素地を作り出していて、これが本件でも背景となつていることは否定し難いところである。本件の量刑もこの点を抜きにして考えることはできない。

なお、各被告人らの弁護人は、本件申請書類等の実質的秘密性や重要性、必要性等の程度が低いものであつたことを強調する。たしかに、これら書類のなかには、公表・公開済みとみられるもの、あるいは別途知り得るものもないではない。また、事柄が国民の健康や生命・身体の安全性にかかわるだけに、むしろ公開を必要とするものも含まれていよう。企業秘密は別途特許制度によつて保護されるべきだとも考えられる。また、書類等の価値は、これを利用しようとする側の能力や意欲にかかつているともいえる。このような点はそれなりに有利に酌むべきであるが、弁護側の反証によつても、申請書類等のなかに企業秘密にわたる部分や中薬審での審議内容が資料化されているなど他から入手できないものも少なからず含まれており、別途収集できるとしても相当の手間と費用を要するものもあり、承認申請手続を確実・迅速に行うためだけでも極めて有益な参考資料といえるのであつて、さればこそ、不正を犯してでも入手することになつたのである。弁護人らの主張をそのまま是認することはできない。更に付言するならば、被告人らは、医薬品に関する情報非公開の無意味さや、公開の必要性を感じ、正義感から本件に及んだものではなく、非公開ないし実質秘とされていることに乗じ、これを取引の材料として企業的ないし個人的利益を得ようとしたものといえる。

そこで、各個別の情状を検討するに、被告人堀内及び被告人中川は、製造承認申請資料等を入手できれば、新薬あるいはゾロ品の開発及び製造承認申請手続が円滑に進み、早期に承認が得られるものとの考えから、他の製薬会社の申請書類等入手しようと画策し、積極的に関係公務員に働き掛けて本件贈賄あるいは窃盗に及び、同業他社の長年にわたる研究の成果を不正手段によつて入手したもので、社長を頂点とした組織的犯行といえないではない。そのうち贈賄の犯行は反覆継続して一年余に及び、贈賄額も二〇〇万円に達している。また、窃盗は過去七回位にわたり謝礼を支払つて不正入手したことの延長として行われたもので、これら入手資料の開発費用も巨額であつて、それが直ちに被害額につながらないとしても、利用する者によつては少なからぬ価値を有するものである。そのなかにあつて、被告人堀内は、親会社である帝人からの出向とはいえ、帝三製薬の最高責任者として、むしろ部下たる被告人中川の逸脱をたしなめるべき立場にありながら、ゾロ品メーカーからの脱皮、業績拡大を急ぐのあまり、かえつて要所要所で自ら加担し、特に賄賂供与については仮名口座の利用を被告人中川に指示するなどしているのであつて、その犯情は重い。

また、被告人中川は、帝三製薬の学術部長から常任顧問に退いてからも、自己の社内における立場や評価を維持しようとの気持もあつて、厚生省OBの経歴を生かすべく、自ら進んで犯行を被告人堀内に進言し、その了解を得、自ら手を下して本件各犯行に及んだもので、その犯情は軽視できない。

なお、被告人堀内及び同中川の弁護人は、盗取にかかる判示抗生物質ホスホマイシン関係の資料等に関して、その開発を企業として正式決定しておらず、それほど必要でなかつたなどと主張する。しかし、関係証拠によれば、帝三製薬では、当時ホスホマイシンの開発は検討の対象として採り上げられていたのであつて、その後盗取された右資料は、開発業務担当の河内毅が昭和五八年八月中旬ごろ伊藤部長から受け取り製剤化の検討に入り、他方、中島義之業務部長が同年七月三一日三井物産を介して試験研究用バルクを七・八キログラム購入していることが認められるのであつて、これらの事実に徴して、その製造が会社として正式決定に至つていないとしても、右資料等が研究開発上必要なものとして盗取に及んだことは疑いの余地がない。

次に、被告人江島は、判示にもあるように、国立衛試、中薬審などで要職を兼ね、国の薬事行政上重要な地位にあつたにもかかわらず、被告人中川からの申出を殆んど抵抗感もなく応諾し、安易に一年余の長期にわたつて犯行を継続したもので、月々受領していた一〇万円という金額は、同被告人の収入からみても決して少額とはいえず、総額にすれば二〇〇万円にもなり、軽視できない額であるうえ、それらを架空名義の口座へ振り込ませるなど悪質であり、手渡した資料等の出所は製薬八社にも及ぶものである。そのほか、被告人江島の供述によれば、製薬会社の三共や富山化学にも資料等を横流ししていたというのであつて、公私混同も甚しく、職責の自覚に著しく欠けるものといわざるを得ず、その犯情は重い。

なお被告人江島の弁護人は、犯行の動機は不足勝ちな国立衛試薬品部の研究費や運営費等の調達にあり、現に賄賂もこれが支払いに当てられている旨主張する。たしかに、被告人江島の供述によれば、本件賄賂のなかから三五万円が無給研究生の遠藤眞砂子に支払われているというのであり、これを覆す証拠もない。また、被告人江島において当時右の諸費用調達の必要を感じていたことも窺える。しかし、示達予算を越えてまで研究活動をしなければならないいわれはなく、当時被告人江島には委員謝金、講演料、原稿料など平素の職務と関連した収入が相当多額に上つており、これが主として右の諸費用に投入されていたのであり、他方、当時被告人江島は住宅ローンを支払い、妻子の生活費や教育費に相当の支出を余儀なくさせられながら、本件犯行期間中の昭和五七年秋から翌五八年春にかけて、なお二回にわたり五〇〇グラムあて合計一キログラムの金地金を購入したほか合計二〇〇万円位の債券を購入しているのであつて、賄賂の二〇〇万円から右の三五万円を差し引いた残りがそのままこうした諸費用に充てられたとの確証はないが、さりとてこれがそのまま薬品部内の諸費用に充てられたと即断することもできない。いずれにしても、被告人江島には不正を犯してまで賄賂を収受しなければならないだけの差し迫つた職務上の必要があつたとは認められない。かえつて、被告人江島は、前示のように昭和四五、六年ころ帝三製薬の前身である第三製薬時代に、内緒で、当時の社長の依頼を受けて一年間にわたり技術顧問を務め、月五〇〇〇円の謝礼を受け取つているのであつて、名目は如何にあれ製薬会社から現金を受け取ることについて、被告人江島の自制心は相当以前から鈍麻していたとみられ、これが本件犯行をもたらす一因となつたものといえる。

以上の次第で被告人らの刑責は軽視できないのであるが、本件の背景には申請資料等事後管理の不徹底など前示の事情が認められるのであつて、これが被告人らの遵法精神の弛緩を助長させ、本件を招いたといえないではなく、少なくないとはいえ賄賂の総額も二〇〇万円、窃盗の起訴案件も一件にとどまつている。被告人堀内、同中川については、不正入手にかかる資料等はコピーするなどしたのち返還されるなどしているうえ、結局、本件の摘発もあつて商品化されずに終わつたものといえる。そのうえ、右両名とも、これまで社会人として相当の経歴を積み、前科前歴もない。本件で逮捕・勾留されるなどしたのち昨秋帝三製薬を退職して、反省している。また、帝三製薬に残された関係者についても社内処分を終えている。

他方、被告人江島については、帝三製薬側からの働きかけに応じた受身の面もみられ、動機において、薬品部内研究費等調達の必要が心の一端にあつたことも否定できない。収受した金額は二〇〇万円で、その一部の三五万円は薬品部の経費(人件費)として支出されている。その余も遊興費等に振り向けられた形跡はない。不正行為も職務に関連するとはいえ、本来の職務そのものを曲げて不正不当な行政処分等をしたものではない。これまで長年にわたつて国の薬事行政に従事し相応の業績を挙げながら、本件で早晩懲戒免職となることは必至である。本件で逮捕・勾留され、その後関係方面に謝罪し、改悛の情を示している。

このようにして、被告人らの罪責、とくに被告人江島のそれは軽々にみるべきではないし、加重収賄罪の法定刑の重さや一罰百戒がもたらす刑事政策上の効果も十分考慮に加えて検討したのであるが、以上に説示した諸事情を勘案して、今回に限り被告人らに対しては、その非は非として厳重に戒めるものの、なお刑の執行を猶予するのが相当と認められ、主文のとおり量刑する。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 小瀬保郎 原田敏章 原田卓)

別紙一覧表(一)(略)

別紙一覧表(二)(略)

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